千歳山

仕事の関係で1週間山形に滞在。。
台風通過で天気が悪く、暇だったので(笑) いつも朝のトレーニングに登る
千歳山をゆっくり、ゆっくり 散歩しました。

大日堂
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立派な狛犬が阿吽
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大日如来が本尊ですが、お正月しか開きません。
境内には石仏が多くあります
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脇の小路を登ります
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白山権現堂
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権現堂からまっすぐ登ると、道々に石仏があります
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いろんな仏さんです
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ゆっくり、ゆっくり 石仏を眺めながら登ります
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山形市内からみる千歳山とは真裏になるのか・・
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途中からは、山道です。 他のルートと違い登る人も少ないからなのか細~くて
いい道です。
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途中からは・・・道じゃなくなります(笑)
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頂上に近づくと別ルートの登山道に合流。。 
緑の松の千歳山 って小学校の校歌で歌いました
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そういえば、途中キノコがいっぱい生えてた。。喰えんよこれは!!
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これは?食えるんかな
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はい!山頂着
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阿古耶の松跡碑もあります。
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阿古耶の伝説は千歳山周辺に残されてるものです。
平清水の川≪恥川(はずかしがわ)≫にも名前の由来があります。

阿古耶姫物語

阿古耶姫は大職冠・藤原鎌足公の曾孫である陸奥の信夫(現 福島県 )の国司・中納言豊光卿の娘であると言われています。 頭も良く、真珠のような美しさで器量もよく、詩歌や琴が大変上手でした。
     
ある春の夜のこと、阿古耶姫は都を遠く離れた寂しさに耐えかね、都の友達に心を寄せながら満開の夜桜越しに月を眺めながら独り琴をならしていました。するとどこからともなく笛の音が流れてくるの
です。 

不思議なことだと見上げる姫の目に映ったのは、ほど近い松の陰に笛を手にして佇んでいた若者の姿だったのです。若者はみずみずしい月の光を浴びてこの世の者とは思えない美男子だったのです。

いつの間にか二人はお互いの胸の内を語り合うようになり、夫婦の契りを結ぶまでになりました。若者の名を「名取左右衛門太郎」と言い、住まいは、やまかげの名取と言うことでした。

こうして歳月は過ぎていき、虫の鳴くある秋の夜、名取太郎にはいつもの元気がなかったのです。姫が優しく尋ねると、

「今まで身の上を隠していましたが、実は私は千歳山の頂上に立っている年老いた松の木の精霊です。 私は明日切られて名取川の橋材にならなければならないのです。」

と語ったのでした。

姫の驚きはいかほどか‥。 一度夫婦の縁を結んだ上は、末永く暮らそうと誓い合うほど強く愛し合った二人だったのです。
  
翌日悲しむ姫をよそに無情にも松の木は切り倒されてしまったのです。 ところが不思議なことに大勢の里人 ( 人夫 ) が引こうが押そうが松の木はみじんも動きません。

困った里長は神宣に救いを求めると 「信夫の館に阿古耶姫という者が居る。その娘の手を借りなければ動くまい。」 と告げられ、里人達は半信半疑で阿古耶姫に助けを求めたのです。

阿古耶姫は横倒れになった松の樹を見て心が乱れて咽び泣くばかりですが、心を取り直し太郎の面影を偲びつつ松に手を触れるやいなや、老松が身震いし、するすると姫の言うとおりに動いたのです。

現在の笹谷峠まで来ると、老松の精がふたたび人身と化し名取太郎の姿となり
「私は名取橋となって大衆の土台となりましょう。我が亡き後は菩提供養をしてください。」

と姫に一言囁けば、姫も

「あなたの願いは必ず果たします。」

と応え、互いに囁き会ったのです。

それを見た里人はそこを 『 囁きの峠 』と名付けましたが、だんだん訛って後世では 『 笹谷峠 』 となったのです。

姫は帰ってから老齢の松の跡に若松を一本植え、夫の冥福を祈って

 千歳 千歳  伐ってはいけません。 折ってもいけません。
   私の夫 左右衛門殿の 御宿樹松  千歳 千歳 

と申したといわれ、そこから 千歳山 と名付けられ、姫の植樹した松は 阿古耶の松 と呼ばれ後々まで歌枕に
歌われる有名な松となったのです。


参考・引用文献  『 千歳山 萬松禪寺誌 』(千歳山萬松寺;発行)
                                     『「阿古耶の松」探訪 』(第五地区振興会;主催)

その後、一条天皇の御世に歌会の席で口論し、天皇の怒りに触れた藤原左近衛中将実方が
「陸奥の歌枕を探して来い」という命を受けて奥州へ下向したが、名取郡笠島の道祖神の前で下馬を拒んで
先へ進んだところ落馬して死ぬことになった。
実方の娘十六夜姫は父の後を追って奥州に来たが、父が死んで千歳山に葬られたのを知り、
千歳山までやってきて川の水面に映る自分のやつれ衰えた容貌を見て
「いかんせん 映る姿は 九十九髪 我が面影は 恥かしの川」と詠み、山形市内を流れるその川を
「恥川」というようになった
 
悲しいくも不思議な話がいっぱいあります。。

今度は広い登山道を奥平清水(前はこんな地名?なかったんだけどな?)に下山
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里の秋だね~
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遊びたくなるよね~~
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平清水焼の採石場です。。  みなさん平清水焼にお越しください。
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七衛門窯で体験陶芸できます。   楽しいよ~~ 
http://www4.ocn.ne.jp/~sitiemon/   

昔からあったのか?? 千歳山神の祠
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で、ぐる~っと周って2時間 病み上がりゆっくり遊びました。
たまにはいいかも

この記事へのコメント

PH206
2010年11月09日 02:22
ハイッ毎度!結局台風でお目当ての山は登れなかってんね、でも近所にええ山あるやん(^^♪紅葉も綺麗やし、きのこもいてるし、仏像いっぱいやね!
しかし物の名前には由来があるんやな~。松の木の精霊か~...その後のヒデキチさんの枯葉の写真が変な精霊に見えてきた(^_^;)もしかしてなにかの精霊さん?この世の者と思えない美男子やし^m^

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